無名の人々_03_傘売りのおやじ

2010年7月のジメジメとした蒸し暑さ、参議院議員選挙日の昼過ぎ、私は新宿ゴールデン街横の遊歩道(四季の道)にいた。

 

追い出し対策だろうか、今は柵ができてしまっていて誰も寝ていないのだが、当時は遊歩道脇の植え込みに何人かの路上生活者が住んでおり寝起きしていた。

 

Sさんは今日はひたすら集めてきたアルミ缶を潰すという。Oさんは飲み物が入っているペットボトルを自販機下の受取り口に入れ、冷やしていた。

 

雲行きが怪しくなってきた。Sさんは日頃アルミ缶の他に、ビニール傘を拾ってきては集めている。雨が降り出すと、通りで売るのである。小雨だと買ってくれない。本降りになったところでSさんは大通りに出た。

 

通りがかる人に声をかけ、「100円でも50円でもいいよー!」と気軽にそして威勢良く売っていく。「女の子はタダでもいいよー!」など、その売り方が何とも言えず気持ちが良い。

 

小銭がたまると、早速 ”鬼ころし” をコンビニに買いに行く。そして戻ってきて飲みながらまた傘を売る。傘がバンバン売れだしてきて、今度は私を使い走りにして買いに行かせる。鬼ころし追加投入。

 

雨が降り、傘が売れ、Sさんは酔っ払う。

 

もう3本以上は鬼ころしを飲んでいる。私も飲む。すぐに酔いが回るであろう安酒の味。そしてSさんは300円を分け前として私に差し出した。私が断っても、「いいから、電車賃だ」と言って無理やり渡してくれた。

 

酔いに任せ、誰これ構わずに次々と声をかけ、傘を売っていた。まるで酔拳のように。

 

その後私は選挙に行った。民主党にとって政権交代後初の大型選挙は、結果は惨敗し、野党の自民党が圧勝した。

 

 

東京都新宿区 2010

↑ 鬼ころしをガソリンのように自身に投入し、その勢いで次々と投票所の前で傘を売るSさん。

 

東京都新宿区 2010

↑ ある夜、駅前でばったり会ったSさん。よく見ると寝袋ではない。コントラバスを入れるソフトケースだった。

「顔まですっぽり入れて寝ちゃうと、楽器と思われて持っていかれちゃうから。顔は出してる。」と言った。

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