緩やかな日常

緩やかな日常

静岡県沼津市、伊豆半島の付け根。目の前が海で裏手はすぐ山という自然豊かな場所に、ひっそりと存在する一日一組限定のキャンプ場がある。晴れた日は海の向こうに大きな富士山が顔を見せる。

夫婦と犬一匹、烏骨鶏数羽。昨年5月から土地をならし作り始め、地に根を張った手作りの生活をしながらゆっくりと営んでいる。廃バスを利用したレトロなバーも併設している。

宣伝をして客足を求めることはせず、あくまで「自分たちのペースで」と夫婦が言っていたのが印象的だった。それは最近のキャンプブームで密になりがちな、レジャー目的だけのキャンプ場ではないということだ。

ドラム缶風呂、バイオトイレ、計画中のサウナやツリーハウス。環境や生態系を意識し、やれることはすべて自分たちで行っている。DIYに裏付けされた「自然の暮らし」から作るキャンプ場は、それゆえに毎日が素朴で新鮮だ。

一日一組限定の客は、このプライベートな空間で、自らの新しい一日と、悠久なる時間を同時に過ごすことになるだろう。そして此処の夫婦の穏やかな雰囲気と、海と山の恩恵の余韻に浸りつつ、自らの日常に帰っていくのだろう。

 

のぐちけんご 写真家

The Old Bus

森のキャンプベースにて

(2021年5月26日) https://theoldbus.net

多摩川の庵人

多摩川の庵人

多摩川の河川敷でカメラをぶら下げ散歩をしていると、つらつらと物思いに耽っていき、都市と郊外、そして自然の狭間のエアポケットのような空間に入り込んだ気分になる。

草の匂いと湿った風、野球をする子供達の声、制服の高校生の自転車、リードの犬と飼い主の足取り。それらを横目に、藪の奥にひっそりと佇んでいるものがある。テントや小屋のような、さながら漫画家つげ義春氏の作品「無能の人」に出てくる石屋のような、そんな栖が存在している。そしてそこで暮らす人々がいる。

私はしだいに彼らとその生活空間に惹かれていき、それらを「庵」と呼び、長きにわたって訪ねては、とりとめのない世間話をし、写真を撮らせてもらうようになった。私にとっては、隠遁者の人生訓を聞きに行くかのような目的でもあった。

実際には隠遁など悠長なこととは程遠い、いわゆる「野宿者」、「ホームレス」と社会的に言われるその厳しい現実と生活がある。経済的な問題、河辺に住むという公共性の問題、暑さ寒さ、体力と健康…。最低限の生活をしているのは言わずもがなである。

しかしそういうものを超えて、なんだか常識や自由、生活や住居という概念の凝り固まったレッテルが剥がされて、日々の価値観は揺らぎ、彼らが河原ですするワンカップ一杯に人生の侘び寂び感までも滲み出ているように不思議に思えてくる。それはここ10年ほど、東日本大震災、原発事故、そして新型コロナウイルスと私達ではどうにもできない未曾有の出来事により、社会や個々の人々の生活環境が目まぐるしく変化しているからでもあるのかもしれない。

庵に住む人々は、「こんな暮らしは嫌だ、動けるうちは、すぐにでも働きたい」と言う人もいれば、

「先のことなど考えても無駄だ、その日生きれば良いさ」とつぶやく人、

「この静かな生活に充実感を見出している。18年ここに居る」と語る人もいる。

普段はのどかな多摩川も、何年かに一度激しい増水があるので、川の流路も度々変わる。洪水の度にその住まいを立て直す人、諦めて去っていく人さまざまであるが、住居であるこの「庵」はあくまで仮の宿であることは確かである。

写真に撮った人と庵が、時間をおいて久しぶりに訪ねると、全く違った風景になっていることもある。写真は記録と記憶の断片として語ってくる。そして私たちに多くを想像させてくれる。

黄昏時におもむろに庵からギターを取り出し、私が知らない昔の曲を気持ち良さそうに歌っていたあの人。また、川のハヤを釣り焚き火で焼いて、まずいと笑いながら食べたあの人は、今はどこに行ったであろうか。

季節の移ろいを感じながら歩き、さまざまに自問自答を繰り返す。川の流れを見つめてから、私は踵を返して現実に戻っていくのである。

 

のぐち けんご

1984 年、神奈川県生まれ。立教大学社会学部卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科を修了。大学時代、社会学のフィールドワークから写真を始め、社会の周辺に存在する人々の生活、旅や時間などに関心を持ち、作品を制作している。これまで、インドのチベット難民や世界を放浪する旅人、ネパール大地震に直面した辺境の村家族などを撮影し発表している。

掲載作品のZINE( 写真冊子)https://kengonoguchi.stores.jp/