庵の人々_04_花見と食品ロス

繰り返される日本の四季。毎年ちゃんと咲いてくれる桜。庵の人々にとって一年で一番の掻き入れ時がお花見である。事実、庵の屋根であるブルーシートは、ほとんどがお花見で大量に廃棄されたレジャーシートである。年一度、庵の修復の季節がやってくる。そしてもちろん、”掻き入れ”はそれだけではない。

 

2010年4月、土曜日、晴れ。渋谷の美竹公園の庵に住んでいるCさんに電話する(Cさんは携帯電話を持っている)。今日これから西郷山公園の花見にアルミ缶集めに行くというので、待ち合わせた。

 

西郷山公園は代官山という場所柄か、どことなく花見客も上品で、若者もお洒落でカワイイ子が多い。Cさんは、ゴミの分別も代々木公園なんかに比べればそれなりにきちんとしていると言った。大体17:00までは公園の管理人がいて、堂々と缶集めはできないと言うので、それまで近くのコンビニに行きビールで一杯やる。マルボロゴールドを吸いCさんは話しだす。

 

昭和33年生まれ、沖縄県宜野湾市出身。6人兄弟5番目。長男は他界しているが両親は健在。高卒後上京して、としまえんで準社員として働きながら夜間の調理師専門学校に通った。しかしディスコに入り浸り学校をサボるようになり、11ヶ月で学校をやめる。遊園地の仕事もやめる。その後スナックで住み込みの仕事を2年、25,26歳の時から平塚の日産車体で季節工を3年やる。平塚では競輪にのめり込んだ。その他転々として、鳶職も一時期していた。酒が好きでその失敗で何回かトラ箱(留置場)に入ったこともある。

28歳の娘がいる(女と別れてから娘ができたことを知った)。娘は今群馬にいて、その子供もいる。群馬に来るように娘に言われるが、行くことはできないとCさんは言った。

 

ホームレス歴20年(サウナや、職場で寝るのも含めると)。最後に仕事に行ったのは今年2月の八王子の飯場。体調が悪くても休ませてもらえず、条件が悪く、給料受け取らずに途中で出てきた。

 

Cさんはアルミ缶回収で大体一週間で一万円稼ぐ。塵も積もれば山となる。

一週間2人がかりで250kgアルミ缶を集めたこともある(そのうちCさん160kg)。それが最高記録。

 

「缶集めは苦しいけど楽しんでやらんと、プラス思考で。良い方に良い方に持っていかなきゃ。」と繰り返し言っていた。

 

「俺は愛想よくやっている。渋谷東交番前のおまわりさんが、わざわざ自分とこの缶をくれたことがある。」

 

「死んだと思ってアルミ缶をやっている。アルミに命を賭けている。アル美ちゃんに…。」

 

Cさんの缶集めは工夫されていて独特だ。台車に大きなカゴを乗せ、さらにカゴの回りに木枠を作り、ゴミ袋を口を広げて木枠に括り、カゴ回り3辺に付けてある。カゴはとりあえず未選別でつぶしていない缶、袋はロング缶、ショート缶、ボトル缶と分けている。

さらに台車には、カーステレオ、ライト、クラクションも備わっている。

因みにカーステレオは電源をつけっ放しにしておくと、自分がちょっと台車を離れた際に盗まれないよう防犯対策になるらしい。人ごみの中ではちょくちょくクラクションを鳴らす。

 

管理人が帰ったところで、仕事モードに入る。といってもこの公園は入り口近くのゴミ箱以外目立たず、皆ここを通る為この一箇所にゴミを捨てていく。Cさんは陣取ってゴミ箱から缶、もしくは手をつけていない酒やお菓子などをピックアップしていく。ゴミ箱のすぐ横にCさんの台車が置いてあるので、そこに缶を捨ててくれる人もいる。

 

「花見のごみ捨て場で缶を集める時は、飲んじゃダメ。飲むのは別の場所で。花見客が見ているので。あくまで真面目に集める。」と言った。

 

しかしそうは言いながら、Cさんは飲みたくなったのだろう、今日は野口くん、ゲストがいるからと理由をつけて、ちょっとつまみ食いをし出し、飲み出し、そして最終的には捨ててあったブルーシートを広げて自分のカーステレオでラジオまでつけて宴会をし出した。Cさん…自分に甘い。

 

驚いたのは、花見客は封を切っていないそのままのものを結構捨てていくことだ。

「なんか余っちゃったねー、持ち帰るのもかさばるし重いし、捨ててこっかー。」みたいなノリなのだろう。桜島(芋焼酎)900ml、お茶2L、スーパードライ、缶チューハイ、ハイボール、スミノフアイス、コーラ、さきいか、柿ピー、その他様々なおつまみや菓子、なんでも捨てていく。

 

なんだか、スーパーや外食産業等の食品ロス、大量廃棄もこんな感じなのかなと切なくイメージする。日本の食品ロスは年間約620万トンで、世界の食料援助量は年間約320万トン。世界の食料に困ってひもじい人々を国連が援助する量の、実に2倍ほどの量を日本は食べ残しや作りすぎ、賞味期限切れで捨てている。昔よく親に言われた人も多いと思う。「世の中には貧しくて、食べたくても食べられない人が沢山いるんだから、ちゃんと残さず食べなさい!」と。

 

中には、「オジサン、よかったら飲んでね。」とキリンラガー350ml、6缶パックを丸ごと持ってきた30代くらいの女性がいた。

「飲み過ぎちゃダメだよ。」その素敵な笑顔に、Cさんは口を開けて言葉が出ず、感動していた。

 

会話を交わした人や、特に女性がこうやって残り物を持ってきてくれることが多い。

Cさんはコミュニケーションを大切にしていた。ゴミ箱の前で人に声かけたり、シートを畳むのを手伝ったり、台車に缶を入れてくれる人がいると、ありがとうとお礼を言った。

ただ、それは今日私がゲストとして来ているから、取材しているから特別感を出して振舞っているのかもしれない。

 

Cさんは、公園内に猫10匹飼っている知り合いがいると言ってその人におすそ分けを持って行った。

 

私も少し酔った。なんだかんだ、ビール3缶、チューハイ1缶、ハイボール1缶飲んでいる。目の前の桜の下で私と同年代くらいの男女が騒いで楽しくやっているのが、急に別世界のように鮮明に見えてきた。バーベキューをやって、歌って、だるまさん転んだをやったりなんかしている。

 

俺も25歳だし、たぶん本当はあっち側の人間だよな、と呟く。

酒好き、金なし、女なしである。

 

男女グループに話しかけると、道玄坂チェルシーカフェのスタッフや常連さんの宴会だそう。

 

0:00を過ぎても、まだ2グループほど花見客は残っていて、朝までコースと見られた。知念さんは、「大量に缶が出そう…」と、鷹の目で見ていたが、限界がきて1:30に切り上げて美竹公園に帰ることにした。

美竹公園まで1時間かかった。大漁なので、台車を押しての坂のアップダウンがキツく、Cさんはヘトヘトになって庵に戻った。私は毛布二枚と敷布団を借り、児童会館の軒下で寝た。

 

土曜の深夜、渋谷。オールして楽しんでいるだろう若者らが、そばでエレファント・カシマシの「今宵の月のように」を大声で歌っていた。うるさかった。

 

東京都渋谷区 2010

 

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